約束までの時間を有意義に過ごすための独り談話室

離婚されるそうなので一人暮らし準備の為の心構えと今までの回想録(メモワール)

ドイツはまだワタシを見捨ててはいなかった?レベルチェックの結果・・・

息子の友人(高2)の子が、先日の英検で準1受かったそうで。

正直、(チクショウ!先を越された!!)

と思ってしまい、勉強再開の炎が再び燃え上がったのですが、

ふと悪魔がワタシの耳元で囁いた。

 

『ドイツ語なら、もっと楽に取れるんじゃないの・・・?』

 

いやいやいや、もう既に帰国して4年、来年で5年目になるうえ、帰国してからまったくと言っていいほどドイツ語に触れていない訳で、そんな状態、大学に入ってドイツ語専攻した子にテストで満点取りなさいって言ってるものじゃない?

と見苦しいにも程がある言い訳を一人自分の中でめぐらせながら、

それでも怖ごわ、受けてみました。

 

ゲーテインスティテュートのレベルチェック。

 

結構問題数があって途中で飽きてしまいました&何故か穴埋めが入力出来ず放棄。

 

結果は・・・

 

 

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ドイツを去る時、B1の試験を受けずに帰国だったので、

それを考えると、まあ、なんとか面目は保てたかも・・・ε-(´∀`*)ホッ

 

なんて喜んでる場合ではない。

つまりこのまま何もアクション起こさないと益々下がる一方ってことだ。

 

日本でドイツ語使える職場なんて、もっともっと高いレベルを求められるからなあ。

でも、日々精進は決して無意味な事ではない。

せめて、再びかの地を訪れることがあった際に不便のない程度のドイツ語は保持していたいな。

 

それにしても4,5年経っても意外といけるんだね。でもこれ、Sprach(話す)の確認がないから、まるっと信じてもイケナイよね。

 

でも、少しずつ頑張ろ。

本の中の、「秘密」を沈めた遠い日

今週のお題「読書の秋」

 

秋に本を読みたくなる事は、道理にかなっていると気付いたのは中学生の時だった。

 

台風の季節が去った初秋に入る長雨の後、

本格的に秋が深まり、父が上野辺りの路上で売る天津甘栗を買ってくると、少しずつ寒さが増してくるので遊びに出ようと言うよりも、家でのんびりしたくなるというのがその頃からの常だった。(なんとも年寄り臭い中学生だった)

紅葉を楽しむほどの年齢でもなかったため、その頃知り合った演劇部の友人たちから借りたギリシャ神話や森川久美などの漫画がなかなか面白く、ギリシャ神話からはじまりローマ神話との読み比べ、そのまま日本神話まで漁り結構面白く読めた。

はずみがつくと、子供の頃から敬愛していたゲーテファウスト(翻訳が難解すぎてなかなか面白いと思えず、内容はさほど覚えていない)、森川久美の漫画を貸してくれた共通の漫画オタク友達からすすめられたヴィスコンティ監督で映画化された「ベニスに死す」の著者トーマス・マン、姉がどハマリしていた「シャーロック・ホームズ」、その下の姉がこれまたどハマリしていた「ナルニア国物語」、オカルト好きの登龍門?的存在だったコリン・ウィルソン・・・読むべき本はたくさんあった。

 

演劇部兼文芸部の友人・Mちゃんは一風変わった子だった。

かわいく丸みのあるショートボブの髪は栗色で、くりくりとした大きな眼が少年のような愛想のない顔でも可愛らしく光っていたが、その眼は常に子供達を取り巻く社会や大人を斜めに見ていた子だった。

「歴史の課題?面倒くさいからやらなかった。どうせ偏差値低くても県立一発合格すれば親も先生も文句ないんでしょ?」

「ね、リンカ。今から文芸座(かつて池袋にあったアングラ系映画を上映する映画館)に映画見に行こうよ!せっかくテスト勉強って名目で早退出来るんだから。」

 

Mちゃんは決して不真面目だったり、ヤンキー系だったわけではなく、

ただ壊滅的に勉強がキライだった。

Mちゃんはほとんどのテストが平均点以下で、全教科の追試(ちなみに体育だけは普通に良かった)を必ず受けていた強者だったのだ。

 

彼女の心を占めている大部分は、演劇(どこから情報を得ていたか知らないが、中学生の頃にすでにアングラ劇にハマったりしていた)と漫画も含む読書(竹宮惠子先生に心酔していた)、映画(フランスなぞの古い映画が好きで、ワタシも彼女の影響で「パリの空の下セーヌは流れる」を見てしばらく海外の古い映画に浸った)という名の宝石だった。それらの話をする時は大きな眼を輝かせて、誰よりも饒舌になり普段クラスの中では一言もしゃべらないと思っていた男子生徒が驚いたこともある。一転して勉強やテスト、受験の話にはまるで耳を傾けない、割り切った性分なのだな、と当時からモヤモヤとはっきりしない性格のワタシには、とても眩しい存在だった。

 

秋の終わり、雨の日に中間か期末テストの時だったと思う。

帰宅して、やりたくもない数学のテスト勉強をどうしようか、とココアを飲みながら逡巡していると、机の端にMちゃんから借りていた、当時LaLaという少女漫画雑誌で連載されていた木原敏江先生の「摩利と新吾」の単行本が眼に入ってしまったので、ついつい手に取り読み始めてしまった。

物語は旧制高校の生徒たちが織りなす人間模様だが、若干BL要素がある。その当時、そういうものにあまり耐性のない子供だったワタシは「ふんふん、そうなんだ」程度でしか読んでいなかった(この作品の名誉のために敢えて言うと、大人になってから読んでみてその面白さに気付いた。決してBL目線だけではない、濃いドラマなのでおすすめです)が、本の途中に何かが挟まっていたので、何の気なしにそれを引き抜くと一枚のメモ書きのようだった。

メモには詩が、書かれていた。

内容を思い出したくとも、出来ないのは、衝撃的な事実が書かれた恋の詩だったからだ。

シャープペンで書かれたその詩は、愛する女性に想いを伝えられない苦しい胸のうちを女性である本人が綴った恋歌だったのだ。その相手の女性も、書き手の女性もワタシの友人だった事でパニックになり、慌てて本を閉じた。

書いたのはMちゃん本人、愛する相手は同じ演劇部のKちゃんだった。

外ではパラパラと小気味よい雨の音、部屋の中は階下のストーブからの暖気があがり心地良い昼下がりのはずが一変してしまい、ワタシは動悸で耳の奥が痛くなる気がした。

知らなくともいい、知ってはいけない秘密を知ってしまった苦しさをどう表現すればいいのか分からなかった中学生のワタシは、あまりのショックでしばらく放心状態だったが、詩の書かれたメモを小さく千切り、ゴミ箱に捨てて見なかったことにしてしまった。

 

テスト週間があけ、表面上は普通とおりに生活していたはずだったが、新しい学年になるとMちゃんとは違うクラスになり、しだいに廊下ですれ違うとたまに漫画や映画のオススメ合いをするという程度のお付き合いになり、そうして受験に突入していった。

ワタシはなんの疑いもなく、地元の県立高校へ進学したが、Mちゃんが高校には行かずにある劇団に入るらしいよ、と、卒業間際に聞いた。

卒業式に、一言二言を交わした時のMちゃんは少し疲れていたような、でも笑顔だったのでワタシは「秘密」を語ることなく、無事にそれぞれの道へ進んだ。

 

成人したのち、ワタシは別の土地で暮らし始めた為、そのころの友人たちとはもう一切の連絡はつかないが、一度だけMちゃんの消息を聞いたのは高校卒業時だったように思う。同じ演劇部で、ワタシと同じ高校に進んだSちゃんから聞いたのは、以下の通りだった。

 

「Mちゃんね、同じ劇団の男の人と結婚したらしいよ!その人の田舎に帰って、一緒に住むみたい。」

なんだか、ひどく気の抜けたような、でも心底ホッとしたような気持ちになったのを覚えている。これでワタシは「秘密」を永遠に、心の中の泉に沈める事が出来るのだ。

 

秋の、パラパラと軒下で雨が鳴るような薄曇りの日に、本なぞ読もうかな、と思う時には、いつもそんな幼い日の淡い「秘密」を思い出し、胸が少しだけ、苦しい。

 

 

 

なかなか有意義には過ごせないもので、転職を思案中

またやってしまった。

不備を連チャンで出してしまい、

しかも今回はなかなか腹の立つ不備となってしまった。

 

ベテラン同僚様の不備をフォローする形で、不備にしないで済んだところで、その方から恩を仇で返された形。

あ〜あ・・・もう人間不信になりそう。

わざわざ敵に塩を贈ったようなもんだ。

もう、二度と助け船なんか出すもんか。

 

向いてないのかな、とか

同僚や上司に恵まれてない、とか言い訳がましい理由はいくらでも立つけど、

ストレスフリーの職場って、どこにあるのかな。

 

かなり沈んだ気分でいるところに、レジュメを登録済の求人サイトからメールが着ていた。なんとはなしに眺めていると、かなり良い条件でいろいろあるなあ、年齢制限がなければ。

 

そうなのだ、簡単に転職出来るのは若い子に限っているんだ。

なんだって、50代以上がはぶかれるのかよく分からない。

だって人生100年時代に突入するんでしょ?

だったら50台なんてまだまだ働き盛りじゃないか。

今、働きたいワタシタチをはじくような事したら、もったいないよ?

なんて、面接でハッキリ言えたらいいなあ。

 

そろそろ一人暮らしも本気で考えなきゃいけないし、

それなりにお給料出る所を探していかないと、この先の人生あまり楽しくなさそうなことになりかねない。知識と教養とお金は邪魔にならないから。

 

あーあ、誰でもいいからペット可賃貸貸してくれ!

この給与じゃまともな賃貸なんか借りられない。

今こうして経済的DVを受けながら、お金が少しずつ目減りしていくなかで、どうやって暮らしていけばいいんだろう?

 

一つ仕事で失敗すると、なにもかもダメな感じがしてくる。

 

どうやって気分を盛り上げればいいのかな・・・

 

 

もう寝よ。

この男は、家族の中の何色の羊なんだろうか

家族の中の黒い羊、とはワタシのような者だ。 

Black sheepというのは、その家の厄介者やのけ者、変わり者のことを指す。

兄弟姉妹の真ん中に生まれたワタシは、程よく適当に両親からも干渉されず好き勝手に育った。

ワタシが自分を黒い羊だ、と初めて思ったのは食事の好みで、

ワタシ一人だけが肉が食べられない。

ワタシは空気が読めない。

ワタシは体制に対して反抗的だ。

ワタシは家族と一定の距離を保てる方が好きだ。

ワタシは兄弟で一人だけ猫好きだ。

 

それでも家族は、こんなワタシを愛してくれた。

黒くとも、毛がモジャモジャでも、一人でふらりと牧場(家)から離れて一年近く連絡を入れなくとも、好き嫌いがあっても、家族は常にワタシを赦してくれた。

 

バカ夫の家は、ワタシの実家とは対照的だ。

連絡は1ヶ月以上しないと不思議がられ、

好き嫌いは断罪され、

体制(義父)に反抗的なことは許されない。

 

バカ夫のモラハラは、実はこの義父からの遺伝?なのかと思うほど言動が似ている。

義母はそこそこハッキリ物を言う人だが、それでも我慢して一歩下がることが妻としての美徳だと思っているカンブリア紀の人間なので、それが家庭の平和を築くと信じてやってきた。

だが、ワタシに言わせるとそれこそが仇になって、いまこうしてワタシが苦しむ事になっている。

モラハラは、連鎖する。

モラハラを間近で見てきた子供は、良いか悪いかの判断よりも先に、その空気に慣れていく。それが当たり前になっていくのだ。

 

ロンドンにいる頃、下の子はたびたび担任の先生に注意された。

聞くと、同級生に対し暴言とも言える言葉を吐いていた。

勉強の少し遅れている子に対し、「は?こんなのも分かんないの?やる意味なくね?死ねよ。」

騒がしい子に対し、「騒ぐんなら出てけよ。居る意味ねえし。てか、オマエいらねぇし。」

 

これらは小学中学年だった下の子が実際言った言葉だ。

先生の聞き取り調査から、本人も認めた。

ワタシは愕然とした。

すべて、ワタシがバカ夫に言われていた言葉だったからだ。

涙よりも、恐怖で震えた。

先生や当事者の親に謝罪し、そこから下の子に向きあった。

(お母さんは、あなたがお友達に言ってた言葉が大嫌いです。

人に対して言いたい事がある時、口にする前に本当にその言葉で合っているのか、その言葉で傷つく事はないか考えよう。

一人で出来ないなら、お母さんも一緒に考える。あなたが誰かを傷つける度に、それはお母さんに全部返ってくるナイフみたいなものだと思って欲しい。

いつもお父さんがお母さんに言っていること、お母さんは正直に言うと大嫌いだよ。だから、お母さんはこれからその言葉と戦う。

お願いだから、あなたも正しい言葉が見つかるまで戦ってほしい。)

そんなふうに話した。

 

もう8年ほどまえの話だが、下の子は今、勉強は出来なくても、誰にでも優しいと言われる子になった。

お勉強がそこそこ出来たから私立中学に入ったあの頃の彼よりも、今、友人を大事にして、彼女を大事にしている優しい彼の方が、本人の魅力を引き出している。

 

バカ夫は、そんな機会がなかった可愛そうな羊だったのだろうか。

両親は仕事で忙しく、彼を顧みることがなかったという。

(でも、アイツは根性が違う。何でも自分で考えて、何でも自分で出来た。俺達とは何か違う、出来の良さだ。)

義父はいつだって手放しでバカ夫を褒め称えるが、何故かワタシにはそれがとても薄っぺらく、表面的に「良い子」あるいは彼の持つ「要領のよさ」だけを褒めて、認めているように感じた。そこには彼の本質を見つめようとする親のまなざしではなく、他人の中でいかに上手く立ち回れる人間としての度量を測っているかのような、冷たい感じがするのだ。

 

実の兄弟からは「一番嫌いなタイプ」と言われ、

実の親からは「本当は優しい子」(では、普段はそうじゃないと認めているのか?)と言われ、

実の息子からは「話を聞かないから話したくない」と言われる。

 

血を分けたそれぞれの人間から、なにひとつ関連がつけられないワタシの夫は、はたしてあの家族の中で、生きづらい羊だったのか、それとも家族の中に必ず一人いるという、悪魔だったのか。

 

ワタシに離婚届を渡しておきながら、平然と近所の人間と談笑し、子供にはご飯時にワタシの悪態をつき、両親には優しい世話好きな息子で、会社では仕事が出来る優しい上司、でも兄弟間では嫌悪とも言える感情が渦巻いている、なんだか同じ人間を見ている気がしないのだ。

 

黒い羊のワタシが言うのも変だが、

何色かわからない羊には、要注意なのかも知れない。

 

 

 

 

 

男に好かれなければ仕事も出来ない窮屈な世界なのか?

事務職という体のパートタイマーをしている。

(9−5時の5連勤でパートタイマーと呼ぶには無理があるのでは、と常々思うが、どうしても非正規雇用の立場に留めておきたい会社側の意向を反映しているかのような呼び方が、未だにまかり通る世の中なのだ、この国は。)

同僚の方はこの道20年近いベテランで、事務所の営業職をはじめ、各部門からの信頼も厚い。やはり時間が積み重なるというのは、はっきりと見て取れる確実な方法で、それだけで信頼されるものだ。

加えて彼女は、いわゆる男受けが、イイ。

可愛らしい微笑みをいつも浮かべ、基本的に職場の人に「NO」と言わない。柔らかい雰囲気の、好い人間だ。ワタシも彼女が嫌いではない、が、そういう女性を、男は(特に日本人は)好むのだ。

 

今日は、いつにもまして事務所の長が不貞腐れていた。

自分の仕事があり過ぎて、部下達はなかなか成果が出なくて、営業成績も伸び悩み、加えて長の言い分に不満を訴える者がチラホラ・・・

そういうクサクサした気分をもろに顔に出す辺り、若造な訳で正直マトモに相手にしないのだが、これまたそういうタイミングでワタシが不備を出すと、これまた格好の餌食になってしまう。

何故なら、あの所内では新人だから。

やたらと新人いびりをする職場だなあ、とは思っていたが、それは営業だけでなく、事務職のワタシに対しても公然と行われた。

初めて入った時、以前にいたベテランは絵に描いたようなイビりをしてくれた。

伝票処理、ソフトへの入力方法、庶務、電話応対・・・

諸々の「不適切」をいちいち叱咤され、ワタシはそれから半年間、朝が来ると涙が出るようになった。長は眼の前のデスクでそれを見ながら、見て見ぬ振りをしたばかりか、ワタシの不備をその意地悪ベテランと一緒に叱責した。

心が壊れる前に辞めようと思い、リーダーの方に相談した結果、意地悪ベテランは別の事務所に異動、代わりに今のベテランが来た。

この人はうちの長がまだ新人だった頃からの大ベテランで、ほぼ生き字引のような人だ。

長は、そういう人間を自分の都合の良いように扱えることに長けているのだろうか。先の意地悪ベテランにも、今回の大ベテランにも、本当に腰が低い。なんなら、朝、ワタシには挨拶なしなのに彼女には自分から挨拶する、というあからさまなベテラン贔屓だ。

 

まあ、気持ちはわかる。

誰でも職務に対して一定の知識と経験のある方を優先したい。そのほうが業務が円滑にまわる。それはワタシも賛成だ。

だけどね、同じ不備を出したワタシにはネチネチ言うのに、ベテランにはにこやかに処理の判子を押しながら笑顔で雑談って、

これ辞める時、ぶん殴っていいレベルだよね?

更に頭くるのは事務所内の皆が長に倣い、すべての不手際はワタシのせいになっていることだ。まるで関係ない部署の人から、

「リンカさん、あの伝票発行間違えたの、あなたのせいになってるよ?違うならそう言った方がいいよ!」

と言われた。

そうなのだ。実は、大ベテランは良い人なのだが、自分のミスは極力、隠す。でも隠しきれないので、露呈した時、それが何故かワタシのせいになっているのだ。

何故か。

バカ長様のおかげだ。

大ベテラン様が間違えるわけない→間違えるのは新人→つまりワタシ、という大雑把な三段論法で、常にワタシが悪者だ。

悲しいことに、大ベテランはそれを知りつつ、だんまりとする。

自分は常に糾弾される側ではなく、称賛される方にいたい人なのだ。そして事態が沈静化に向かうころ、「ごめんね。」と言ってくるのが、モヤモヤする。

 

彼女が出来る事の10分の1でもワタシがこなせるなら、もう少し旗色も変わったろうか。

でも世の中ってそんなものだ。

仕事は人の間でやるものだから、好かれてナンボのところもあるし、大事なことかも知れない。

でも、人を貶めてまでする仕事とは、本当に社会の為になっているのか?

と、一人前の理屈を振りかざしても、結局雇われている側は弱い。

なんとか雇われずに生活したいものだが、明日職場に向かう途中の公園に5億円くらい落ちてないと、無理だろうな。

 

確かにワタシのような仏頂面には、なかなか褒めるところはないだろうけど、それでも分かってもらえる人はいる。

少ない給料だからいつまでいるか分からないけど、再来年子供が卒業まではなんとか居座ろう。

 

そうなると転職がムズカシイかなあ・・・悩むところです。

出来ればオリンピック前に空港勤務したい、と画策中・・・

 

初秋の北国(ドイツ)、鼻の奥まで凍りつくが心はあたたかかった

今週のお題「紅葉」

 

マロニエル(マロニエ)の並木道沿いに、

町で一番大きな教会を目指して歩いて行くと、タンクシュテレ(ガソリンスタンド)の大きな電光掲示板にはその時の気温が摂氏で示されている。

「5度」

 

10月の、午前8:30の気温。

天気は晴れ時々曇り。

ワタシは、冷気と体温を鼻の中で調整しながら凍る自分の吐息をはずませ、マロニエの葉をカサカサと鳴らしながらいつものようにフォルクスホッホシューレ(市民講座:市民用専門講座)の教室のあるビブリオテーク(図書館)に向かう。

 

40過ぎで、夫の赴任先であるドイツに住み、

心の中は不安よりも好奇心でいっぱいで、

ドイツ語は挨拶すらあやしくて、

だけど心からドイツにいられて嬉しくて、

渡独後1ヶ月半でVHS(市民学校)の申し込みをした。

 

英語は禁止、同国人同士のおしゃべりは禁止、宿題は毎日、宿題を忘れると先生の容赦ない嫌味が飛ぶ。

結構厳しかったが、少しずつドイツ語で会話が出来る喜びが、異国の同級生とお互いの身の上を話せる喜びが、少しずつ満たされるのが何より嬉しかった。

 

「来年の春には日本に帰るんだ。」

 

そういうワタシに、中欧から来たKは、顔を曇らせてこう言った。

「旦那だけ帰してリンカはドイツにいられないの?

こっちで働けばいいじゃない。」

Kは中欧の人独特の、温かで文学的な物言いがハッとさせられるような美しい知性と感性の持ち主で、ワタシは彼女が大好きで、

彼女もまた、よくワタシを誘って買い物だ、サイクリングだと一緒にいてくれた、大切な友人だった。

 

「夫の会社のお金でここにいるから、仕方ないんだ。」

「・・・旦那と離婚したら?リンカならこっちでも大丈夫だよ。

ねえ、ドイツに残りなよ。」

 

泣きたくなったのは、Kが独特な彼女の感受性をもってその当時から既に、ワタシの家庭の冷たさ、ひいては夫の何か冷たい部分をそこかしこから感じ取っていたので、こういう発言が出たのだ。

Kは、少しだけ後悔したように

 

「Es tut mir leid....aber...( ゴメン、でもね・・・)」

Kは言いかけて、その薄いヘイゼルの瞳を見開いて、無理に微笑ってコーヒーを呑んだ。

ワタシは、自分の小ささに嘆くより他無い、ただの駐在の奥さんで、

そんなワタシでも彼女や他の同級生も、少なくともその場ではワタシを愛してくれた。

たくさん、議論(ディスカスィオーン)した。

自分たちの歴史、文化、恋愛、生活様式、戦争、将来の夢・・・

とんでもなく下手なドイツ語を、一生懸命に聞いてくれ、共に語り合い、笑い合い、時々泣いた。

 

プラタナスマロニエルが黄色くなって落ち葉がつもるころ、

ワタシは一年半通ったVHSを辞めた。子供の受験を機に帰国が数カ月後にせまっていた事もあり、区切りをつけたのだ。

VHSの最後の講座は、他の同級生のテストもあったことからかなり実践的に会話をしていたと思う。

ABC(アーベーツェー)もまともに言えなかったワタシタチが、

この頃になると新聞記事を題材に論じあうことまで出来たのは一重に先生の厳しくも愛のある指導と同級生たちのおかげだった。

「故郷って、どういうもの?自分の意見を言って。」

 

先生に促され、ひとりひとり発言していく。

ある者は自国の自慢話で、ある者は家族のいる場所が故郷といい、ある者は生まれ育った町の細かな描写で、心打たれた。皆、外国人の寄せ集めだ。故郷の話に、言葉を尽くしても尽くしても溢れてくる愛情を感じた。

ある者は故郷に帰りたい、ワタシの本来いるべき所が遠くにあるのは悲しい、毎日夢にみる、と泣いた。

うらやましい、と思った。

その時のワタシは、心底日本に帰りたくなかったからだ。

そもそもワタシは子供の頃から、引っ越しの連続で、あまりひとつの処に住んだ事がなく、郷愁という感覚が非常に乏しい。自分の故郷などない、寂しい人間だ。でも、だからこそ____

拙いドイツ語で自分のこれまでのそういう環境を簡単に説明したうえで、こう言った。

 

「ワタシは、こう思う。

自分が居たいと思う所が、自分の故郷。

生まれた所、育った所は関係ない。ワタシの故郷は、これからワタシが決める。」

 

先生は不敵に笑い、同級生は頷いてくれた。

Kは、泣き笑いしながら、マスカラが落ちるのを気にしていた。

その日の帰り道、ワタシは歩道に山積みになったマロニエルの葉に足をとられながら、涙が流れるのをこらえきれなかった。

 

毎日が夢のような、でも激しくぶつかるような、不思議な空気の中で、貴重な体験をしてきた。

慌ただしく帰国してから、もう数年経つが、何故かあの頃の思い出はまるで褪せることがない。

 

足にやさしく、石畳やアスファルトを感じないほどのマロニエルの落ち葉を踏みしめる事が出来ない今、毎日の忙しさの中で風化していくあの頃の友人達との繋がりに、寂しさも後悔もひとしきり感じながら、

自分の故郷を未だに探している最中のワタシの体たらくを、

Kが見たら、果たしてどう思うだろうか。

 

 

 

 

夜中の2時に耳元で声がした!!!

いよいよストレスMAXなのかしら・・・?

 

昨日は無駄に眠くて眠くて、午後9時過ぎに就寝したのだけど、

奇妙な夢ですごく疲れた。

全く知らない女性2名に何故か追われているワタシは、デパートのような建物内をあっちに行ったりこっちに行ったり、非常階段で逃げたり、エレベータを使ってまいてみたり、エスカレータを逆走したりと、まるでジャッキー・チェンのような軽やかさで逃げていた。

しばらくして追っ手も来ないと、ホッとしてベンチに腰掛けた時、

(もうついてこない、ヨカッタ!)

と心の中で安堵したら、横に座っていた女性がいきなり、

「嘘だよ、そんなの」

と言った。

その声が耳元で聞こえた瞬間、驚いて目が開いた。

横に寝ていたのは、アーシャだけ。

アーシャは暗い部屋の中でこっちに振り向くと、しばらく息をひそめるようにワタシの背後をみつめていた・・・

 

お願いだから、このシチュエイションで空を見つめるなんて怖いことしないで欲しい!

 

しばらくはワタシもバクバクと早鳴る心臓を抑えようと身じろぎもせず固まっていたが、手元のスマホは午前2時の表示・・・

が、次の瞬間、目が覚めたら何故か朝の6時になっていた。

 

なんかいろいろ怖い。

一体、いつ二度寝したの?

っていうか、どこからどこまでが夢?

そんな訳で、朝から疲労困憊・・・

 

すべて不仲で離婚宣言済の不貞バカ夫からくるストレスのせいにする。

 

そうでないと、怖すぎる。

自分の頭がオカシクなったのか、

そうでないのか、自分では判断しかねる。

 

久しぶりに怖い夢でした。