約束までの時間を有意義に過ごすための独り談話室

離婚されるそうなので一人暮らし準備の為の心構えと今までの回想録(メモワール)

心の原風景は、なぜか森林(タイガ)

心象風景と言うものだそうだが、

ヨガを体験したとき、リラクゼーションの意味もあってか、座禅のようなポーズで頭に浮かぶ原風景を、その講師曰く

「リラックスしている時に浮かぶイメージ、原風景、これはいわゆる、前世に関連するものです。」

 

......そうなの...?

 

その際、一緒にやっていた方々の心象風景は海辺だとか、両親の田舎とか。

友人のO ちゃんはスゴイ。

「あたし、マチュピチュだった!!」

彼女は天空の都市と言われる、あのマチュピチュを映像で見た時、思わず心の中で叫んだそうだ。

(あたし、ここ知ってる!!!)

 

普段から独特な感性を、我々ママ友たちの間で惜しげもなくさらけ出すOちゃんのスタイルは、なるほど高原系人種のおおらかさに通じるものがある(気がするだけ?)。

 

そこから数年経ち、ワタシは駐在員の奥様友達同士でフランスにいた。

ワタシの目的はズバリ、

「家族に邪魔されず、自分の思うようにパリ、ヴェルサイユを堪能したい」だった。

正直、家族旅行で行ったパリやヴェルサイユは楽しかったのは楽しかったが、いかんせん家族はフランスにもヴェルサイユにもフランス文化や歴史にも興味がない。

彼らが唯一喜んだのは、街の至るところにあるブーランジェリ(パン屋さん兼お菓子屋さん)で買えるフランスのケーキだった。実際、日本の繊細なケーキに飢えていた我々は、一気に5,6個を買い占め、ホテルの部屋でバクバク食べた。

そんな猛獣系のパリ・ヴェルサイユ観光なぞ御免だったので、初日は朝早くから皆でヴェルサイユ宮殿をゆっくりと堪能した。

その時、というか家族でヴェルサイユに来た時にも感じたことを、同行してくれたSさんに、素直に話した。

「ワタシ、ここに来たのが初めてじゃない気がするんだよねえ」

するといつも笑顔のSさんは、ウンウン、と頷きながらこう返してくれた。

「そうね、ワタシもきっと初めてじゃない。こんなに心惹かれる所ってそう思うよね。

でもきっと私達、上階でなく、こっちに住んでたのよね。」

と、彼女が指さすところは一番下の階。

ヴェルサイユ宮殿は、地下部分に使用人部屋があったのだ。つまり彼女はこう言いたかった。

(貴族としてじゃなく、前世は使用人としてここにいたのよね、ワタシタチ....)

ガラス細工のような美しい前世が粉々に砕かれた瞬間だったが、意に介さずドレス(ロングスカート)の裾を軽くつまみあげると、ヒールをすべらせるように宮殿中を闊歩したのだ。

 憧れや、過去に強い刺激や影響を受けたもので心象風景は左右されるのは勿論あり得ることだろう。心を平穏にする時、脳が見せるイメージが嫌いなものや憎むべきものである訳がない。

では、好きという気持ちはどこから生まれるのだろうか?

今ここで生きている自分が好きなもの、美しいと感じるもの、懐かしさを秘めた景色は今の自分だけの感情だけなのか?それとも気持ちは連綿と続く、なにか意思のあるものなのか。

美しいからヴェルサイユが好きなのか、ヴェルサイユだから美しいと思えたのか、

懐かしいからマチュピチュをイメージするのか、マチュピチュだからイメージ出来たのか、

一体どちらが先行している意思なんだろうか。

そう考えると、きっと宇宙の果てに行っても考えが終わらないのだろうから適当なところでケリをつける。きっと全部まとめて、全部がつながる「ひとつの宇宙」だ。

 

そうしてワタシはヴェルサイユよりもリラックス出来る心象風景がある。

小学校くらいの時、夢で見た森林がいつまでも心の隅から離れない。

凍りついたような真っ白な世界の、針葉樹の森をイメージすると、カサカサした気持ちをしっとりとさせる事が出来る。

それが「タイガ」と呼ばれるものだと知ったのは、中学生になってからだった。

 

寒いところが嫌いでないのは、そういう事なのだろうか。

 

 

 

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