約束までの時間を有意義に過ごすための独り談話室

離婚されるそうなので一人暮らし準備の為の心構えと今までの回想録(メモワール)

本の中の、「秘密」を沈めた遠い日

今週のお題「読書の秋」

 

秋に本を読みたくなる事は、道理にかなっていると気付いたのは中学生の時だった。

 

台風の季節が去った初秋に入る長雨の後、

本格的に秋が深まり、父が上野辺りの路上で売る天津甘栗を買ってくると、少しずつ寒さが増してくるので遊びに出ようと言うよりも、家でのんびりしたくなるというのがその頃からの常だった。(なんとも年寄り臭い中学生だった)

紅葉を楽しむほどの年齢でもなかったため、その頃知り合った演劇部の友人たちから借りたギリシャ神話や森川久美などの漫画がなかなか面白く、ギリシャ神話からはじまりローマ神話との読み比べ、そのまま日本神話まで漁り結構面白く読めた。

はずみがつくと、子供の頃から敬愛していたゲーテファウスト(翻訳が難解すぎてなかなか面白いと思えず、内容はさほど覚えていない)、森川久美の漫画を貸してくれた共通の漫画オタク友達からすすめられたヴィスコンティ監督で映画化された「ベニスに死す」の著者トーマス・マン、姉がどハマリしていた「シャーロック・ホームズ」、その下の姉がこれまたどハマリしていた「ナルニア国物語」、オカルト好きの登龍門?的存在だったコリン・ウィルソン・・・読むべき本はたくさんあった。

 

演劇部兼文芸部の友人・Mちゃんは一風変わった子だった。

かわいく丸みのあるショートボブの髪は栗色で、くりくりとした大きな眼が少年のような愛想のない顔でも可愛らしく光っていたが、その眼は常に子供達を取り巻く社会や大人を斜めに見ていた子だった。

「歴史の課題?面倒くさいからやらなかった。どうせ偏差値低くても県立一発合格すれば親も先生も文句ないんでしょ?」

「ね、リンカ。今から文芸座(かつて池袋にあったアングラ系映画を上映する映画館)に映画見に行こうよ!せっかくテスト勉強って名目で早退出来るんだから。」

 

Mちゃんは決して不真面目だったり、ヤンキー系だったわけではなく、

ただ壊滅的に勉強がキライだった。

Mちゃんはほとんどのテストが平均点以下で、全教科の追試(ちなみに体育だけは普通に良かった)を必ず受けていた強者だったのだ。

 

彼女の心を占めている大部分は、演劇(どこから情報を得ていたか知らないが、中学生の頃にすでにアングラ劇にハマったりしていた)と漫画も含む読書(竹宮惠子先生に心酔していた)、映画(フランスなぞの古い映画が好きで、ワタシも彼女の影響で「パリの空の下セーヌは流れる」を見てしばらく海外の古い映画に浸った)という名の宝石だった。それらの話をする時は大きな眼を輝かせて、誰よりも饒舌になり普段クラスの中では一言もしゃべらないと思っていた男子生徒が驚いたこともある。一転して勉強やテスト、受験の話にはまるで耳を傾けない、割り切った性分なのだな、と当時からモヤモヤとはっきりしない性格のワタシには、とても眩しい存在だった。

 

秋の終わり、雨の日に中間か期末テストの時だったと思う。

帰宅して、やりたくもない数学のテスト勉強をどうしようか、とココアを飲みながら逡巡していると、机の端にMちゃんから借りていた、当時LaLaという少女漫画雑誌で連載されていた木原敏江先生の「摩利と新吾」の単行本が眼に入ってしまったので、ついつい手に取り読み始めてしまった。

物語は旧制高校の生徒たちが織りなす人間模様だが、若干BL要素がある。その当時、そういうものにあまり耐性のない子供だったワタシは「ふんふん、そうなんだ」程度でしか読んでいなかった(この作品の名誉のために敢えて言うと、大人になってから読んでみてその面白さに気付いた。決してBL目線だけではない、濃いドラマなのでおすすめです)が、本の途中に何かが挟まっていたので、何の気なしにそれを引き抜くと一枚のメモ書きのようだった。

メモには詩が、書かれていた。

内容を思い出したくとも、出来ないのは、衝撃的な事実が書かれた恋の詩だったからだ。

シャープペンで書かれたその詩は、愛する女性に想いを伝えられない苦しい胸のうちを女性である本人が綴った恋歌だったのだ。その相手の女性も、書き手の女性もワタシの友人だった事でパニックになり、慌てて本を閉じた。

書いたのはMちゃん本人、愛する相手は同じ演劇部のKちゃんだった。

外ではパラパラと小気味よい雨の音、部屋の中は階下のストーブからの暖気があがり心地良い昼下がりのはずが一変してしまい、ワタシは動悸で耳の奥が痛くなる気がした。

知らなくともいい、知ってはいけない秘密を知ってしまった苦しさをどう表現すればいいのか分からなかった中学生のワタシは、あまりのショックでしばらく放心状態だったが、詩の書かれたメモを小さく千切り、ゴミ箱に捨てて見なかったことにしてしまった。

 

テスト週間があけ、表面上は普通とおりに生活していたはずだったが、新しい学年になるとMちゃんとは違うクラスになり、しだいに廊下ですれ違うとたまに漫画や映画のオススメ合いをするという程度のお付き合いになり、そうして受験に突入していった。

ワタシはなんの疑いもなく、地元の県立高校へ進学したが、Mちゃんが高校には行かずにある劇団に入るらしいよ、と、卒業間際に聞いた。

卒業式に、一言二言を交わした時のMちゃんは少し疲れていたような、でも笑顔だったのでワタシは「秘密」を語ることなく、無事にそれぞれの道へ進んだ。

 

成人したのち、ワタシは別の土地で暮らし始めた為、そのころの友人たちとはもう一切の連絡はつかないが、一度だけMちゃんの消息を聞いたのは高校卒業時だったように思う。同じ演劇部で、ワタシと同じ高校に進んだSちゃんから聞いたのは、以下の通りだった。

 

「Mちゃんね、同じ劇団の男の人と結婚したらしいよ!その人の田舎に帰って、一緒に住むみたい。」

なんだか、ひどく気の抜けたような、でも心底ホッとしたような気持ちになったのを覚えている。これでワタシは「秘密」を永遠に、心の中の泉に沈める事が出来るのだ。

 

秋の、パラパラと軒下で雨が鳴るような薄曇りの日に、本なぞ読もうかな、と思う時には、いつもそんな幼い日の淡い「秘密」を思い出し、胸が少しだけ、苦しい。