北総ロザリオ文芸部

タイトル一新です。離婚(予定)後の自由満喫と今までの回想録(メモワール)

「私は流浪の人なの(Je suis nomade.)」と、シルヴィは謂った

シルヴィとは、シャンソン歌手のシルヴィ・ヴァルタンの事ですが、

彼女は生粋のフランス人ではない、東欧の方です。

(脱線するけど私達が西欧と東欧という分け方をすると、大概ポーランドチェコ、スロヴァキアの方は「違うよ、私は中欧から来たの。東欧はハンガリーブルガリア、シベリアとかだよ」と言われる。「東」という言い方にひどく敏感なのはかつてのソ連に対する「何か」があるからなのか、オリエンタル(東洋人)を連想するから嫌なのかはワタシにはよく分からなかった。もしかしたらどちらの理由もあったのだと思う)

 

稚い頃にフランスにやってきて若くしてショウビズの世界に入り、世界を渡り歩く彼女は、自分のことを「ノマード(砂漠を渡り歩く遊牧民的な意味合い)」と称しているそうで、アメリカやフランスに自宅を持って仕事に合わせて移り住んでいるそうです。

 

今回、別居に踏みきり、内見→契約→引っ越しまで2週間であっという間に移転したワタシに周囲の事情を知る友人知人は口々に心配の言葉をかけてくれた。

「引っ越し準備は大変だったでしょ?」

「引っ越しするの、嫌だったよね?」

「引っ越し作業が一番大変だよね」

 

皆様の期待(?)を裏切る形になり甚だ恐縮ですが、

実はワタクシ、今回の移転は人生50年の中で既に約15回目で、

父親の仕事の都合上、生まれて4年目から移転移転また移転の日々を繰り返してきたので、引っ越し自体は全然イヤじゃない。

イヤじゃないどころか、しばらく定位置に落ち着くと、なんだかお尻がムズムズしてきて、どうしようもなく落ち着かなくなってくるのだ。そんな人間なので、引っ越し作業は普段のボウフラのようなダメ人間がその時ばかりは目の色輝かせて働くのだ。

 

何も考えてなくても良かった頃のワタシは、よく父親にこう言った。

 

「そろそろ引っ越ししないの?ここ、もう飽きてきた。」

 

人間としてこういう生活でいいのか問われると、日本ではなかなか容認されない気がするけれど、ワタシの本心はいつもこの通りで、もはや一箇所に定住出来ない心持ちになっている、らしい。

ここまで書いて、思い出したのは、長姉を除く兄弟姉妹は全員、ワタシと考えを同じくするという、日本に住むロマ(ジプシー)兄弟なのだ。

父は、そんな私達に心の底から落胆したかも知れない。

なにせ自分たちの生まれ故郷(イーハトーヴォのあるとされる県)でワタシタチを育てられなかったことが一番の大後悔だったと生前本人の口から聞いた時は、少なからずショックだった。

(そうか、普通は生まれ故郷が好きで、切っても切れないものだと考えるんだ!)

故郷のないワタシタチを、父は不憫だと言った。

だけど、ワタシタチ自身は自分たちのことを不憫なぞとは微塵も思っていない。

正直とても羨ましいとは思うけれど、(実際幼馴染とか親戚が周りに住んでるとかいう話は漫画のなかでしか知りえないものだった)持たないものは仕方ない。

両親の故郷はそれなりに好きだけど、あの地方の方言はワタシには英語やドイツ語より難解だし、風習もイマイチよく分からず、自分の居場所があるとは思えない。

 

父も、ワタシの周囲の友人も、ほとんどの人間に故郷や実家と呼べるものがあり、自分のルーツを身近に感じる土地を持つのかも知れない。

父は、自分で東京に出てきたわりには矢鱈と田舎に帰りたがった。

友人たち、子供が出来てから知り合ったママ友たちも、

基本は実家のそばに、生まれ故郷の近くに住みたがった。

人には皆、帰りたい所があるんだ、という事が新鮮で、

でも、自分には帰りたい所は、ひとつもない。

(というのは嘘で、ドイツには帰りたい。一番自分らしく過ごせた所だった。)

ただ、いつも行きたい所がこの世界のどこかにあるだけ。

 

きっとシルヴィも、そういう人間なのだろうな、と

勝手に同胞意識を持ちながら自分のズレた感性を肯定された感じがして、

そうしてシルヴィを気取って、ワタシも「流浪の旅」をしているのだ、と

そう思っている。