北総ロザリオ文芸部

タイトル一新です。離婚(予定)後の自由満喫と今までの回想録(メモワール)

社会的弱者に優しくしてくれ、せめて子供ぐらいはさ

また、本当にまたか!!と思ったくらいに、

バカな大人の子供殺しが後をたたない。

 

千葉県野田市というのは実は近隣で、

ここから遠からぬ町なのだけれども、

そんな近くで、声もたてずに子供が実の親に殺されたんだ。

いや、声はあげていたはず。

学校でアンケートにバカ父親の虐待について、

救済を求めていたのにも関わらず、だ。

教師も、学校も、教育委員会も、本当に役たたずとはお前たちのことだろうと目の前で言ってやりたい。

何が「威圧的な態度で恐怖をおぼえ」だ。

だったら10歳の女の子がそれ以上に恐ろしい思いをし、絶望の中に必死で生きていた事がどれだけ辛かったのか、

思い至らないのか?本当にバカなのか?

 

暴力には恐怖を伴い、心的外傷となるのはワタシもよく知っている。モラハラ、言葉や経済的なDVを受けてきた大人のワタシですら、夫のそれまでの言動で刷り込まれてきた恐怖から未だに逃れられないのだ。

大きな音や、男性の怒鳴り声で身がすくみ、めまいがして手の先から体温が奪われ頭痛がしてくる。

大の大人のワタシがこうなるのだから、壮絶な暴力を受けて亡くなった女の子は、どれほど怖かったか、どれほど苦しかったか、それよりも、本来無償の愛をそそぐべき絶対的なガーディアンでなければならない親からの暴力が、この世でどれほど哀しいことか、教育委員会のバカ共は本当に分かっているのか?

子供の心配よりも自分たちの保身が心配な公務員なんか辞めちまえ、そんな委員会要るか!!

日本人は子供の減少や子供の権利を守らなければいけないことを軽く考えすぎてはいないか?

子供は親の「もの」ではない。社会全体のものだ。

だからこそ社会全体で教育をつけて、ルールを教えるという考え方を普通先進国と言われるところならどこでもやっている。

日本だけが例外なのだ。

精神的に未熟だったりサイコパスモラハラの大人から子供を守るためなら海外では警察がきちんと機能してくれる。他人事ではない、ましてやイチ家庭のみの問題ではない。社会の問題だからだ。

なぜ、実の子供を殺害しても数年食らい込むだけで釈放されるのかも大いなる謎だ。そんな卑劣なことを平気でやる大人が人生やり直すなんて絶対、無理だ。と言うか、子供の人生を奪っておいて自分だけやり直すのか?ふざけるな!!虐待に対する罰が軽すぎる。そんな人間の言い訳はいつだって、馬鹿の一つ覚えのように

「しつけのつもりだった。」だ。

じゃあそのしつけは功を奏したのか?効いたのか?

子供の泣き叫ぶ声で我にも返れない人間の本質など、汲んであげるべきではない。人間以下だからだ。

お願いだからこれ以上子供を殺さないで欲しい。

殺すくらいなら、自分から施設に預けてあげて欲しい。

もし通報されたら警察は民事不介入とか訳の分からない事を言わないできちんと保護して欲しい。虐待された子供が安全に保護され、安心して暮らせるシステムを作って欲しい。「子供は親のもとで育つことが一番」というのは、申し訳ないけど幻想だ。そういう親の顔をしたケダモノが、世の中にはいくらでもいるのだ。

 

もっと虐待の罪が理解され、親が子に対する暴力はいかなる理由があってもいけないのだと、いつになったら分かってくれるのだろうか?

密室でおこなわれる虐待(過干渉)やモラハラ、DVなどに、

日本人は疎すぎる。

 

結局子供が一人亡くなるだけで、世の中は何一つ変われないのか?

子供が減り続けているのに、なんてもったいないことをするんだ?

あと数カ月で20歳になる子と、高校生の子をおいて出てきた母親に何も言う権利なぞない、とは思わないで欲しい。その歳になるまで夫のモラハラに反撃しながら育てたのだ。息子たちはもう十分、夫の言動にも耐えうる力がある。(というか子供には絶対DVをしないのがあのバカ夫の唯一の救いだ)

今回の事件もまた、母親もDVにあっていたという典型的なパターンだ。

でも、だからこそ逃げて欲しかった。

生活の心配はあるだろし、ワンオペ育児は想像を超える大変さだ。でも命には代えられない。母親自身も恐怖で身のすくむ毎日を送っていたのだったら、なおさらそんな人間以下の男、見捨てるべきだったんだ。

 

ここまで書いてきて今更だけど、

ワタシの姉は全然別の土地で教員をしている。

その姉も、今回の教育委員会の対応が「怠慢」以外のなにものでもないと一刀両断している。

「どうせ自分の役職にかじりつく事に必死で、定年迎えるまで何も揉め事がなければいいな、ぐらいにしか考えてないヤツばっかだよ!」と姉は吐き捨てるように言った。

 

中国の思想家・孔子は、ある時山中で「麒麟」の死体を見つけた。

麒麟は中国の伝説上の瑞獣で、聖人が生まれる時に確か西の空に錦雲とともに飛んでくると言われる。その死骸を見つけた年は、非常に大きな災難に見舞われると言うのだ。それを見つけた孔子はこう言った。

「道、窮まる。」

(もう、何もかも終わりだ)

 

今は、これに近い気分です。

 

 

 

 

孔子麒麟を見つける話は別バージョンもあります。

見慣れない生き物を狩った民がその生き物を気味悪がり見捨てたが、それは実は麒麟で、神獣の存在をいぶかる人々に孔子は自分の存在意義を深く嘆き、それ以降道の探求を辞めた、とか※