北総ロザリオ文芸部

タイトル一新です。離婚(予定)後の自由満喫と今までの回想録(メモワール)

マニピュレータ―が育まれた家庭

夫は他人を支配し、自分の利益を生み出す狡猾なマニピュレータ―というタイプのモラハラ男だ。

ターゲットになる人間は、夫を基本良い人だと思っている。

その人間の良し悪しはともかく、まわりからその人間を孤立させる嘘を広めたり、その人の手柄を横取りしたり、失敗をなにより大袈裟に取り上げ、(そして喜ぶ)さも自分がフォローしましたよ、もうこれで大丈夫!という雰囲気に持っていく「天才」だ。

そうして徐々に、ターゲットの周りから信頼や関心、理解などを薄皮を剥いていくように取り除き、あとにはターゲット本人の異常に低い自己肯定感とマニピュレータへの歪な共存意識が残されてしまう。

 

夫の家族が遊びに来た時は、夫は必ず甲斐甲斐しく世話を焼いた。

お茶を淹れ、お菓子を出し、昼食後の茶碗を洗う。それを明らかに誇らしげに見ている母親。しかし、なにか変だ。

夫は全然話に入らないし、話も振らない。

そう思っていると、突然嫌味な微笑みとともに、こう切り出す。

「うちの奥さん、座ってばかりで何もしないから結局オレ、全然喋れないよね」

義理父は笑い(何がオカシイのか分からない。)、義理母は困ったように微笑み、こう言うのだ。

「●●(夫の名前)は気が効きすぎてしまうんだよね」

 

予定調和な展開過ぎて、彼らの訪問もこちらから行くのも本当に嫌だった。

 

 

義理父は、物心がつく前に父親を亡くした為、義理母と結婚する際こう言ったそうだ。

「俺は父親というものがどういうものか分からないから、自分で思う父親になる」

8人兄弟の末子だったため、母親代わりの姉と父代わりの叔父や兄に育てられたそうだ。不思議なことに懸命に働き生計をたててきたであろう母親に対する感謝の言葉はほとんどない。

(切れやすくて、自分に対する批難は受け付けない自己中心的な性格。でも明るくて社交的よ。)

義理の叔母は、結婚前にワタシとの雑談で、義理父をこう称した。

 

義理母は出来の良い女性だ。料理も掃除も手を抜かない。仕事は夫が物心つくとすぐに始めた。持ち家も彼女の助言で購入、端からみるとなんの問題もない。

だが今回、別居に至るまでの道程であることが分かった。

同居している兄嫁が、ワタシの言い分を信じてくれたので女同士でキチンと話を固めてから、ワタシの夫に対して事実を認めてもらい、謝罪してもらった上で今後の話をしていこう、という時に義理母の「問題点」が浮かび上がってきたのだ。

ワタシタチと話す時は、ワタシの話を真剣に受け止めて聞いてくれ、時には泣き、時には夫を否定する厳しい怒りも見せ、

「じゃあ今度の話し合いでは、ここを重点的にやろう」とまで言い出し、非常に頼もしく、ワタシはとてもホッとした。

しかし、実際義理父や夫が話に加わると、義理母は勢いが止まり、義理父の意見や息子である夫の「イエスマン」に早変わりしたのだ。

兄嫁も驚き、「お母さん、さっきこう言ってたじゃない?リンカちゃんのされてきた事考えたら、夫君は謝るべきって言ってたよね?!何で?」

と猛反発したが、義理母は所在ない顔付きで、

「んー・・・確かに●●(夫)もダメだけど・・・リンカちゃんももう少し優しく出来ないかねえ・・・。だって・・・男の人にはやっぱり、そういう言葉も必要だと思うのよ・・・」

と結果として、ワタシの思いやりが足りない→ワタシの妻としての努力不足→夫が疲れる→男は家庭に疲れると浮気する→つまりワタシのせい

という恐ろしい理屈大前提で話がすすむ為、ワタシはもうその茶番を下りた。

 

義理兄は、自分の両親が何故ここまで弟の肩を持つのか、本当に疑問だという。

(それは夫がマニピュレータ―という人格で、ワタシを標的にして何十年も自分の親に対してワタシへのダメなイメージの「刷り込み」を重ねてきたからだよ。

でも義理両親はやっぱり自分たちもそういうタイプの人間関係に疑問を持たないから、どうしても夫の言い分のほうが耳に入ってきやすいのだと思う。)

と説明した。

義理姉は、

「お父さんもホントそういうとこあるよね?お母さんに対してよくキレるけど、

お母さんはそういうお父さんを批判しなかったの?」と聞くと、

義理兄は

「そういえばお袋からそういう言葉聞いたことないな」

 

否定も肯定もしないなら、それが「問題のある行動」だとは誰も認識しないよね。

そういう環境で、当たり前にように配偶者をなじり、無視してきた父親を、

夫は結婚前にはこう言っていたのだ。

「うちの親父はワガママだから。別にまともに話なんか聞かなくていいよ」

 

しかし、結婚してだいぶ経った今、夫の味方はそのワガママ親父だ。

人間はどうしても、そういう連鎖から抜けきれないのか。

 

父性を体感出来ていない、自己中心的な父親と

その夫に追従するだけの、人によって態度が変わる母親(自己愛の塊ともとれる)に

幼少期は多忙という理由で放置され、一方で大人になるにつれすべての言動を肯定されてきた夫。

 

今まで何冊もモラハラやマニピュレータ―関連の本を読み、サイトも調べ、自分なりに夫を理解しようと試みた結果、それは無駄な努力だと分かった。

調べれば調べるほど、モラハラ人間が生まれた背景には、何故かこの組み合わせの両親が存在していることが多々あることに気づき、諦めた。

 

夫は、なるべくしてモラハラになったのだ。