北総ロザリオ文芸部

タイトル一新です。離婚(予定)後の自由満喫と今までの回想録(メモワール)

【北総物語】キツネの話

(ブログタイトルを新しくしましたが、実は居住地は北総ではありません・・・

付近ではありますが)

 

両親から「遠野物語」なぞの自然よりのモノから派生してくるものの怪異を幼い頃から聞かされて育った為、

ワタシはいわゆるSupernatural(超自然現象)的なことを、何の疑いもなく信じてこれた。

父や母から聞いた話はいろいろあって、

事故で亡くなった友人が同時刻に父に荷物を預けに来た話や、

山育ちの父が一晩中山を歩かされ、最後は「えいっ」と諦めてその場で寝たら翌朝目覚めたのは家の庭だったとか、

母が幼い頃に埋葬前のご遺体(田舎では戦前〜戦時中はまだ土葬)から抜け出る火の玉のようなものをいくつも見たり、

ワタシの大叔父にあたる人物などは河童(!!!!)まで見ている。

 

中国にも「聊斎志異」という傑作があるが、ワタシも少しずつ人から聞いた話や自分自身が体験した少し不思議な話を書き留めておこうと思った。

(立派に現世を生き抜いておられる方々には

「この世にはね、不思議なことなどないのだよ」(京極堂風に)と言われそうだが、

それでも怪しいものへの「憧憬」が尽きないワタシ)

 

 

さて、ワタシが小さい頃に両親の田舎で体験した話。

夏休みは半分近く、涼しい両親の田舎に行っていた小学生時代に、ワタシとすぐ上の姉は「凄いお方」を見ている。

山の中に在る父の実家の裏は急な斜面の丘になっていて、とうもろこし畑になっていた。その丘の下で遊んでいる時、納屋の片付けをしていた父が、じっと丘の方を見ていた。私達もその様子に、ふと顔をあげるととうもろこし畑の青々した緑のなかに、キツネがいた。その時、違和感を感じた。

この描写では判りにくいかも知れないが、コーンの背の高さを考えて見るとオカシイのだ。キツネが見えたこと自体、コーンと高さと一般的なキツネの大きさを対比してもらえると判る。

そこにいたのは、明らかにコーン畑よりも背の高い、大きなキツネだったのだ。

キツネはしばらくの間こちらを見ていたが、私達の間に流れた緊張が突風に揺らいだ時、踵を返し大きな金色のしっぽを高くあげて、丘の向こうに消えた。

その直後、父は淡々と

「ありゃ山の神様だな。お前たちを見に来たんだ。」

とサラリと言われた。

今でも真っ青な夏空に緑のコーン畑を歩いていくキツネの後ろ姿が目に浮かぶ。

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(イラストにすると完全に間抜けだけど、こういう感じで見てた)

 

夏というと、それを思い出す程、小学1年生のワタシには強烈な体験だったが、実はキツネがらみでもうふたつばかり体験をしている。

田舎で当時中学生の姉が乗り回していた祖父のスーパーカブで、後部に小学生のワタシを載せ調子に乗って山の中を走っていた。(まさかこのブログに未成年の読者はいないと思うけど、あくまで私有地の範囲で乗っていました。危険なので真似はしないでください)

姉は乗り物大好きで長じてからはバイク乗りになった人なので、運転は上手い。

だけどそこは非地元民、裏道の林を抜け、感覚をたよりに坂道を一気に登った先はなんと崖だった。ワタシ達はカブごと崖下に転落。

崖下のやわらかいクマ笹の上にワタシタチとカブは落ちた。見上げるとゆうに2階建ての家くらいの高さの崖だったが、不思議な事にかすり怪我ひとつない。

姉がカブをクマ笹の茂みから起こしながら、言った。

「落ちる瞬間、キツネが飛び出してきた」

もちろん、両親にはメチャクチャ叱られた。

 

長じて、新婚当時に夫とふたりで伊香保温泉に遊びに行った翌日のこと。

朝8時に伊香保を発って、昼前には赤城山頂手前に車が到着。

朝ごはんを食べていなかったワタシ達は、すぐに下りてお昼ご飯にしようと話しながら車に乗り込んだ。

今でも覚えているのが、山頂付近を出発したのが11:56。車の中で見たこの時刻を何故かいつまでも覚えている。

まず初めにオカシイと感じたのは、最初は舗装された道路を走っていたはずだったが、ものの10分と走ったあたりでだんだん舗装されていない山道になった。(途中どこも曲がってはいない)

今まで開けていた道が、徐々に狭く、木々が鬱蒼とした薄暗い道になってきたのだ。

(伊香保からはきれいな道だったけど、前橋よりに行くのは舗装されていなのかな)とまで思うほどの山道。車1台通るのがやっとの道になっていく。

次にオカシイと思ったのは、何度も同じような場所を通っていることだった。

山道には馴れている夫が右に行っても下りられない、左に行っても下りられないという状況になり、ワタシは外の景色や方向支持の看板がないか目をこらして見ていたが、奇妙なことに同じような分かれ道のある場所に来るとどちらに曲がってもまた同じような分かれ道の在る場所に出てしまう。

いや、同じようなではなく、同じだったのだ。

分かれ道の場所に来ると、運転席側に必ず小さな道祖神(石を彫った何かの石像)のようなものがある。助手席側には必ず赤い実のなっている枯れたような木が立っていて、その近くにも小さな石の道祖神のようなものがある。

何十回と同じ景色を繰り返し、さすがに夫もオカシイと思ったのか、

「ちょっと迷子になってる?俺たち」

と言って、タバコに火をつけた。

そこから再び、同じ場所に戻った時に今までなかったはずの車1台すら無理そうなケモノミチのようなところに車の鼻先を入れたその時、ワタシの座っていた助手席の方から1匹のキツネが飛び出して来て、前方を走って行く。夫もワタシも一言も口を聞かず、細すぎる道をどんどん走っていくキツネを追いかけ始めた。(と言うか後戻りが出来ない)

またここでふと疑問に思った。

キツネって、こんなに早く走れるの?

夫はこの時60キロ〜70キロでアクセルを踏んでいたのをワタシは確認しているし、後日本人もそう思って運転していたことを語っている。

だが、その時キツネは常にワタシ達の車の前を走っていた。

ものの10分程走ったろうか、キツネが目の前からいきなりヤブの中に消えた瞬間、

ワタシ達の目の前に大きな国道が現れ、ようやく下山した。

二人共、その時すぐに異変に気づく。

車の時計はすでに17:00になっていたのだ。

下り始めたのがお昼前、何度も同じ分かれ道に出たあの時間で5時間近く山中にいた事になるが、お互いにその感覚はなかったが、下山した途端コンビニに駆け込んで飲み物と食べ物を買ったことから考えると、それなりの時間の中にワタシ達はいたはずなのだ。

あのキツネについて行かなかったらワタシ達は今頃まだ、赤城山にいたのだろうか?

 

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(どなたか赤城山で同じような経験をされた方はいないだろうか?もしくはこのイラストと同じ場所をご存知だろうか?その後一度だけ赤城神社を訪れた際には何も不思議には遭遇せず・・・)
 

(※追記※山岸凉子さんの漫画「タイムスリップ」という漫画にこういう事例の詳細あり)