北総ロザリオ文芸部

タイトル一新です。離婚(予定)後の自由満喫と今までの回想録(メモワール)

マルコのかばんとネロの家の暖炉

家庭の問題(とあっさり括れるほど軽い事でもないケドこれについては別の記事にて)と日々の雑務とつまらない仕事(人がこなしてるとどんな仕事でも素直に「スゴイなあ」と思えるのに自分が同じことをしていてもなんらスゴイと思えないのは何故なのか)に日常のほとんどを持っていかれ、なかなか心の平安のある場所をつくれず、こんな長い言い訳とともにブログをすっかり休んでいた。

また少しずつ、雑文をつづろうと思う。

 

 

カルピスこども名作劇場が全盛期の1970年代に小学生だったためか、

はたまた家には世界の名作文学や絵本が実に30冊以上は全集で揃っていたためかは分からないが、

随分と小さい頃からヨーロッパの生活に憧れがあった。

その頃の「外国」とは、自分の中ではバットマンスパイダーマンの国、アメリカか、もしくはラジオ放送が異常にはっきり聞こえた台湾の中国語に美しい響きを憶えたことなどから中国が勝手に身近な外国としていたが、

明らかに別格の外国はいくつかあった。

敬愛するゲーテグリム童話のふるさと、英雄ジークフリードのいる(いた)ドイツ、シンデレラとオスカル様はフランス、(余談だがドイツやフランスその周辺国に広がるシンデレラ系のお話は元をたどると中国の寓話らしいという調査も行われていました)

架空と現実がごっちゃになりながら、小公女のような屋根裏部屋に住みたいと思い(その待遇や境遇の悪さは別として)、ヘンゼルとグレーテルのたどり着いたお菓子の家を夢見たり、いばら姫のお城を夢想し、ふすまに薔薇を描き(薔薇を描いたつもりが牡丹みたいになり、しかも母親に落書きを叱られだいぶ不満だった)、

自分を形成する一部は確かに、ヨーロッパの香りを含んでいると信じていた。

 

その病は未だに篤く、長じてただのオバサンになったワタシは今でも自分の身の回りを好きなもので固めようとする際にも、幼いころの感覚を呼び起こす。

最近、立て続けにカバンが壊れたり、持ち手がささくれたりという目にあい、新しいカバンを買おうと試みる。

そう思うと、カバンをイメージするが、使いやすさとか、外見、値段、欲しいと思う感覚なぞを総動員してみたら、あるひとつのイメージが浮かんだ。

 

母を訪ねて三千里のマルコの肩掛けカバン・・・

 

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 (マルコの可愛らしさが全然似てない・・・)

 

シンプル過ぎる恐らくは布製バックからは、堅パンもお母さんの病気を知らせる手紙も、時々アメデオも入っていて、枕にもなる柔らかそうな素敵なカバン。

探し始めて既に2週間近く経っているけど、未だに見つからず。

 

梅雨に入り、すこし冷えた日の土日でエアコンの暖房をつける程ではないけれど、

なんとなく冷える、という日にこの秋にはセラミックヒーターでも買おうかな、と検索していると、ふと思い出すイギリス製の電気暖炉。

正確に言うと暖炉の外見をした電気ストーブだけど、雰囲気は結構ある。

 

 

Dimplex 電気暖炉 Arkley アークリー AKL12J

Dimplex 電気暖炉 Arkley アークリー AKL12J

 

 

今の生活にはこの程度の暖房器具が誠意いっぱいなのだけど、

(とは言え、こちらもなにげに高価(たか)い)

以前友人の親が所有する北関東の別荘地に遊びに行き、その別荘で暖炉を見た時に幼い頃の暖炉への憧れが蘇った。

ネロが食事をとらなくなったパトラッシュを撫でながら暖炉のそばにいるシーンや、

ハイジが牛乳を煮詰めてチーズをつくった暖炉の火・・・

ネロの住んでいたフランドル地方はドイツから遠くなく、オランダ寄りのベルギーで、そこそこ寒い。(ちなみに何度か行ったオランダはやはり風が強かった。風車も造られている訳だなあ、と感心)ハイジの住むアルプスも当然寒い。とか言うか北ヨーロッパ(イギリス含むドイツ以北は冬の朝零下の時がしばしばある)にはクーラーは基本不要だけど暖房は必須。

お金はなくとも、暖炉の火があればなんとなく心温まると思い込んでいるのは、

物語の優しい功罪ではないかと信じてる。

 

高価なジュエリーやイタリア製の美しいシルエットに一瞬ひるんでしまうような靴が欲しいわけではない。

ただひたすらに、

子供だった時の心の安住出来るものが身を固めてくれることに、一瞬の潤いを感じたいのだ。